『豚の王』
2025あけおめ、ことよろでございます。
すご~~~く久しぶりに韓国ドラマ一気見しました。
すご~~~く忙しかったので、最近落ち着いてドラマを観れていなかった。
そして観ていても、書くほどないというか・・・
いやごめん、推し活ばかりしていました。
推し活の話は於いておいて、
何気に暇で「ボイス4」をabemaで観ていたら、
一月になった途端に有料コンテンツへ変更。
続きが気になったので、何気にUーNEXTの無料お試しへ。
ボイス4の感想は、書くかわからないけれど、
何気にお勧めの「豚の王」を見始めた。

すんごいシツコイどんよりした話、
最初は、最後まで見ないかな?と思ったものの
まぁ、引き込まれる一つ一つの演技力が凄いの。
話の展開も、テーマは子供の「いじめ」。
20年前のいじめを発端とした一人の少年の死と、
その裏に隠された少年たち、大人になったその人間たちの、
記憶や意識の差、善意や悪意や、集団の恐ろしさ、はみ出ることの恐怖、
悪びれもしない自分本位の人間たち。
拭えない悔恨、厳しい中でも育った友情。
なのに、なぜ彼はそういう考えになってしまったのか。
どこで何を間違えたのか。
そこにあったのはどういう意識なのか、
もしかして彼は本当は、いじめる側と同じ感覚の持ち主、
いえ、本当は、人間誰しもそうなる危うさを持っているのかもしれないが、
そうなってしまう人とそうでない人の違いはどこなんだろう。

久しぶりに社会派の、ずっしり系を観ました。
「未成年裁判」以来の、
大人たちがしっかりと考えないといけない、子供を取り巻く環境や意識。
本当に大切にしないといけないことは何なのか。
大切な事は、生きている今に感謝、愛、許しなのに、
それよりも外側だけを、重要視していきることに変に満足しているから、
おかしくなっていくんじゃないだろうか。
そんなものだと、自分を納得させているのか、
それとも人は、生まれながらに悪なのか。
親や環境が、カースト制度を子供たちに与えてしまうような教育は、
この先の地球では通用しなくなっていくと思う。
何故なら、もう、『形』や『外側』のような変わりゆくものに自分の柱を求めても、
そこに幸せを感じることはできなくなっていく。
何故なら・・・・
そこは自分で、考え深めていくところ。
ではあるけれど、

私たちは豚でも犬でもない。
人だからだ。
人間の可能性を信じていたい。
そういう信じる自分で在ろうと思い深めるような、
2025幕開けのドラマでした。
まだの方は、是非。
お勧めです。